2026年2月10日
『 スーパーポジション 』
作:塚本 マーク達美
「スーパーポジション」とは、複数の状態が同時に重なり合い、観測によってはじめて一つの結果として定まる量子論的な状態を指す。本作品では、それを物理学的な意味に留めず、現実とバーチャル、実体と虚構、観測者と被観測者といった対立する要素が等身大で重なり合う「体験の場」として提示した。
展示は二つの作品『ユージン』と『プレゼンス』から成り、『ユージン』では、スクリーン越しに作者と観客が向かい合うことで「人がそこに在る」という事実の強度を体感し、『プレゼンス』では、もう一人の住人と同じ部屋を共有するかのような体験を通じて「存在を感じ取ってしまうこと」そのものを問い直した。二作品はそれぞれ異なるアプローチを取りながらも、いずれも“存在の不確かさと確かさが同時に立ち現れる”瞬間を主題としている。
本展示は、バーチャル空間とフィジカル空間の境界を探る試みとして、XR表現における実在性のスペクトルに焦点を当てた卒業制作である。既存のVR/AR表現とは異なるアプローチとして、モーショントラッキングやPortalgraphといった複数のアプリケーションを用いながら、バーチャルと現実の融合を新たな視点から立ち上げることを目指した。 最終的に採用したPortalgraphは、鑑賞者の位置関係に応じて、モニターの向こうにある空間がひとつの正しい像として結ばれる技術である。このたった一人の観測者を基準とする構造には、量子力学における観測問題との親和性があり、観測という行為が世界の構造に直接影響を及ぼすという量子的な面白さを持っている。私はこの特性を活かし、重なり合う二つの次元、バーチャルとフィジカルを可視化することを制作の主題とした。 本展示では、このテーマに基づき、量子力学における「量子重ね合わせ(Quantum Superposition)」に着想を得た二つの作品『プレゼンス』および『ユージン』を展示している。
『プレゼンス』では、現実と見まがうバーチャル空間に、鑑賞者以外の誰かの気配が漂う構造を通して、存在の不確かさと観測による実在の確定を体験として提示した。
一方『ユージン』では、箱の中にいる作者自身の動きとバーチャルなシルエットが観測者の視点で重なり合う構造を通じて、観測関係の二重性とそのズレを浮かび上がらせている。 バーチャルと現実の空間が完全に一致することはなく、常にほつれやズレが生じる故に、時に重なり合うそれらがもたらすバーチャルな存在の質量感に本展示を通じて、観測者が空間にどのような実体を与えるのか、その役割を体感し、考えるきっかけとなれば幸いである。
『 (TRACE) 』
作:飯干 裕太
一定の形を保つことができない水滴を通して、様々なモノを見つめる。普段の生活では見ることがない、水滴を通してモノをあらゆる角度から見つめる映像を、ストップモーションを用いて制作した。
コンセプトは、人間の「主観」の再構築である。人間がモノを知覚するプロセスの一つにある、感覚→主観→推定・断定・ゲシュタルト→知覚の「主観」の部分を今回展示した映像によって再構築を促す試みである。 ここでいう「主観」とは、自身の経験則や知識を取捨選択する行為であり、この行為の選択肢の一つに水滴から見た景色の情報を追加させることで、鑑賞者のその後の生活において物事を知覚する際、新しいモノの見方を提示できるのではないかと考えている。モノから反射された可視光は、水滴によって乱反射・屈折し、反転、あるいは歪んだ形で鑑賞者の目を刺激することになる。普段の見え方とは違う見え方を示し、人がモノを知覚するプロセスを複雑にしたり、新しいゲシュタルトの生成を映像によって促すことで、「今見えている景色をそのまま受容しない」ということを伝えたい。
また、目の分解能に着目したポスターも制作した。紙を緩やかに曲げたポスターであり、目から受け取る情報はほんの一部であること、全ての自然の情報を視覚で受け取った際、その時の時間間隔は大きく異なってくることを示した。
『 架空アイドルプロデュース『Dream★Timer!』〜表現の自由と、その先にあるもの〜 』
作:岡 里帆子
本制作は「大麻」をコンセプトとした架空のレゲエアイドル「Dream★Timer!」のプロデュースを通じ、SNS上での実在性の構築と、表現が直面する社会的制約を記録したアーカイブ作品です。
プロジェクトの核となるのは、半年間にわたるSNSでの「実在の擬態」です。友人の協力を得て作り上げたフィクションでありながら、日々の投稿や活動報告を継続することで、画面の中に確かな存在感を創出しました。結果として、総フォロワー数は1,300人を超え、多くの反響をいただくことができました。
展示は二部構成となっています。第一部のポップアップイベントでは、これまでに公開してきたミュージックビデオや衣装、グッズなどを展示し、SNS上で作り上げたアイドルの完成形をご覧いただきます。
第二部では、その完成形に至るまでの裏側を公開しています。本物のアイドルだと信じてもらうためにSNSで積み重ねた細かな工夫や、実際にユーザーから届いた生の声、そして制作過程で直面した社会的制約や様々な問題について赤裸々に展示しています。当初の計画が現実の壁に突き当たり、変容せざるを得なかった経緯を可視化することで、表現の難しさと、その果てに辿り着いた「形」の在り方を問い直す、私自身の気づきと実践の軌跡です。
『 びっくりチキポン 』
作:小野 真侑
誰もが、人には言えない本音を抱えています。それらは、相手を傷つけないように、また場の空気を悪くしないように配慮した結果、行き場を失ってしまった感情です。本作品は、そのような感情を外に出せる場をつくるために制作しました。
しかし、感情を吐き出す場は、どうしても重たい空気になりやすいという側面があります。そこで、チキンという存在を介在させることで場の空気を和ませ、深刻な話題でも笑いに変えることができるのではないかと考えました。
この作品は、自分の本音をチキンの口から投入することで、別の誰かが入れた本音を受け取ることができる装置です。他者の本音を受け取る体験を通じて、感情が一方的に放出されるのではなく、循環していくことを意図しています。誰かの本音を受け取り、笑うことで、いつか自分の本音もまた誰かに届き、笑い話として受けとってもらえるかもしれないと気づくことができます。
また、チキンが自らの意思で人の本音を選び、別の人に届ける役割を果たしている様子の動画も展示しています。完全にチキンの判断に委ねることで作者や機械の存在を薄め、より本音を吐き出しやすい環境にしました。誰も傷つけず、笑いに変えて誰かに届けることで、どうしようもなかった感情を救うことができるのではないかと考えています。